外反母趾治療(フットケアバランス療法)
私は、高校卒業後、鍼灸の大学に進学し、その後柔道整復師の専門学校に通学しながら整形外科で勤務しました。
この整形外科は大阪でも大変有名で、1日に何百人と患者様が通院されていました。午前中仕事をして、昼間に学校に行って、また夜仕事をするという、今考えても「よく頑張ったな」と思えるような生活でした。
整形外科に勤務させていただいて、「診断の重要性」、「正確な診断の先に最適な治療がある」ということを学ばせていただきました。その数年後、親が診療していた「宮畑整骨院」での勤務がはじまりました。
整形外科での学びを活かして正確な病態把握、丁寧な説明を心がけて日々診療にあたっていました。しかし、「整形外科的に原因不明で説明がつかない方の痛みの取り方が分からない」ということに思い悩みました。
例えば、現代医学で解明されている腰痛の原因は全体の40%程度で、その他の60%は原因不明と言われています。この原因不明の痛みの改善方法を学ぼうと、いろいろなセミナーや勉強会に参加しました。その中の1つが「カサハラ式外反母趾治療(フットケアバランス療法)」でした。
整形外科では、主に局所の病態を診て治療を行うことを学びましたが、「カサハラ式外反母趾治療(フットケアバランス療法)」は、体全体をトータルに診るということが、整形外科で自身が学ばなかった観点で、目からうろこでした。
私もすり減った靴を履いて腰などが痛くなった経験をしていたので、その原因が足にあったんだと納得しました。
私がこの業界を志した理由は単純に親の勧めで、特に熱い思いがあったわけではありませんでした。
そんな私ですが、妹の陸上競技を観戦にいった時にある出来事がありました。私と妹とは年が離れており、当時高校3年生だった妹は中学の時から陸上をしていました。妹は高校入学時から、顧問の先生に必ず全国インターハイに行けると言われており、高校2年生までは順調に記録を伸ばしていました。
しかし、高校2年生の後半から、練習量の多さが影響して怪我をするようになりました。当時の私は日々の業務に追われていることを言い訳に、妹の治療をあまりしていませんでした。妹は怪我が完治しない状態のまま、高校最後のインターハイを迎えました。
私はそれまで大会を見に行ったことが無かったのですが、最後の大会なので見に行くことにしました。京都予選の大会だったので、全国インターハイを目指している妹にとっては無難に突破出来るものだと思い見ていたのですが、なかなか記録が伸びません。結局実力を発揮できないまま敗退という結果になりました。
妹はあまりのショックに号泣していたのですが、その状態でもチームメートの応援を必死にしていました。私はこの姿を見た時に、「自分は治療家として今まで何をしていたのだろう」と深く反省しました。
自分の一番近くにいる妹が、朝早くから夜遅くまで全国インターハイに出るために必死に練習をして、夢を追い求めている。私はその妹の治療をすることが出来る職業なのにしていなかった。私は深く後悔をしたのと同時に、妹のように痛みのために自分の実力が発揮出来ず、夢の実現が出来ない人を見たくないと思いました。
私はこの経験から、「患者様の夢の実現を治療を通して応援する」と心に決めました。また、痛みのために自分のやりたい事が出来ない方の痛みを取ることで「地域医療に貢献したい」と思うようになりました。
妹の陸上観戦を契機に、熱い思いを持って治療にあたるようになり、陸上の面白さにも目覚めて、妹の通学していた高校のトレーナーをするようになりました。そしてある出来事がありました。
インターハイに出場する選手の治療を行うために宿舎まで行き、治療を終えて帰ろうとしたところ、顧問の先生と選手が車まで見送りに来てくださりました。そして「ありがとうございます」というお声をいただきました。
私はこの「ありがとう」という言葉に涙がでるほど感動し、この「ありがとう」を貰うために柔道整復師をしているのだと確信しました。
この経験をして以来、1人でも多くの方の症状を改善し「ありがとう」というお声をいただきたく、日々診療にあたっております。
カサハラ式フットケアバランス療法を行って15年以上経過しますが、今までにいろいろ方の足の治療に携わらせていただきました。
など、多くの喜びのお声をいただけ、治療家冥利につきます。外反母趾などの足の痛みでお困りの方は、ぜひ一度ご相談下さい。
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みやはた鍼灸整骨院 院長 宮畑 巌
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